青春晩鐘

通り過ぎて振り返れば
その季節の短さに
人は黄金色の枯葉をみるだろう
青春とは
振り返って気がつく
夕映えの晩鐘なのかもしれない
懐かしい学生街の
懐かしい古本屋の
妙に暖かい活字たちよ
君たちのページの中には
いつも
黄金色の枯葉がはさまっている
そして君たちの行間からは
いつも寂しい晩鐘が聞こえる
あの貧しい学生達をなぐさめ
素朴な学生気質を育んだ
遠い遠い晩鐘が聞こえる<ニコライ堂お茶の水>

鮮やかな場面たち

忘れられない場面が
いくつもいくつもあった
だから今だって
日比谷を通ると胸が温もる
春雨に濡れた公園で
やるせなく敗れた恋とか
木枯らしのベンチで聞いた
思いやりのある友達の言葉とか
コンサートの帰りに
やっとの思いで告げた愛の台詞とか
ひとつひとつの場面が
日比谷を通るたびに
そっと背中を叩いてくれる
まるで僕が主人公のように
ありがとう思い出
僕は少しづつ歳をとるけれど
忘れられない場面たちは
その度に鮮烈だ<日比谷公園・港区>

私は風

四万四千平方メートルの生命感
私はこの公園が好きです
早朝のもやの中で
走る少年に恋したり
昼下がりの陽光を受けて
散歩する老夫婦に呼びかけたり
日暮れには淋しい少女に
わざと冷たくしたりするのです
私は風
四万四千平方メートルの公園を
いつもパトロールしています
あちこちちらかった人生を
まとまりそうもない夢を
一体誰が始末するのでしょう
私は風
幸せに目のくらんだ人に厳しさを
悲しすぎる人には少しばかりの夢を
そっと吹き寄せてあげるのです<荒川公園・荒川区>

秋の春情

おだやかな秋に
明日は上野に行こうと
君を連れ出した
公園をめぐる季節の
限りない記憶のかけらが
落ち葉のように散り始める

多分あしたも空は晴れ
ぼくらは無口に愛を語り
動物たちに会い
乾いた道を歩くだろう
子供のように手をつないで

遠い春に出会い
秋に別れた不忍池の辺りを
あの人は今も訪れるだろうか
君を知る前の春情が
日暮れのように降り始める<不忍池・上野>

明日になあれ

まねのできない優しさで
若い父と母は子供を見つめる
池を映す瞳の色には
暮らしを思いわずらう気配もなく

まねのできない賑やかさで
少女たちがさえずりあう
豊かな未来が待つような
とりとめのない急ぎ足

寒い春の日差しにさえ
日焼けしそうな気がするのは
何かしら心が裸になって
公園を駆け回るせいらしい

だれもかれも幸せになあれ
だれもかれも昨日を忘れ
だれもかれも明日になあれ

海の子

水平線をみてしまったら
だれもが海の子になる

海の子は
大切な無数の思い出たちを
渚に捨て始める

夕陽が水平線に沈むのを見ると
捨てるということが
少しも哀しくないことに気づき
明日という日が
必ずくるように思えてくる

海の子は
心がひろびろとしてきても
そのことに気づかずに
いつまでも水平線を見ている

語りつくせぬ愛のように

語りつくせない愛があれば
もう言葉などいらない
そしてぼくらは無口になり
大自然の一部のように生きよう

海と空といくつかの島影が
なぜこんなにも溶け合うのか
そしてぼくらは無口になり
眺めの中にうもれていく

僕らの愛を
言葉や思惟で飾るのはよそう
今ぼくらが見るこの海の景色を
感嘆詞で彩るのはよそう
今僕たちの瞳は
同じ思いで同じところを
見つめ続けているのだから