清流

清流の音が激しくて
心を洗うみたいだから
「行ってみようか」
あなたが誘った渓谷の滝
紅葉色に染まって
とめどなく流れる水音に
あなたの声も消されがち

「・・・?」
「・・・!」

ほんとうは
あなたの愛の言葉を聞いて
ちゃんと答えるつもりなのに
美しい色の清流に

「・・・?」
「・・・!」

どんな言葉も聞こえない
この激しい水音が
実は二人の心なのかしら

風がうまい

今日は木の実のような少年に
会いそうな気がする
人のいないせせらぎで
木の実は一人で遊んでいるな

渓谷の大きな岩にまたがり
やめていた煙草を
思いっきり吸ってみようかな
それとも岩陰で
少年みたいに小便をして
口笛を吹いてみようかな

心が軽いのだ
人生の荷物は清流の淵において
煙草のことも忘れるくらい
風がうまい<秋川渓谷>

ためいきの道

この道をいくと
誰に出会えるのですか
この道は
どこへいくのですか
木漏れ日は
素敵に哀しい影をつくり
落ち葉を踏む足音は
ため息に似た優しさです

この道をいくと
淋しい人に会えますか
その人は私と同じ足取りで
向こうから歩いてきますか
だったら私
このあたりで待っています
秋のようにひっそりと
ため息のようにうつむいて

花枕

花は二人の
やすらかな故郷
花を枕に寝転んで
幼い日に再開しよう

幼い日はふたりの
暖かい故郷
花の下で無口になって
もう一度愛を語ろう

あの日には新しい花が舞い
あの日には新しい微笑みが湧き
あの日には新しい出発がある

花はつぶやいている
ふたりの幸せに花を添えましょう
ふたりで昔に帰りなさい
そして出直すべきです、と

別れから明日へ

冬から春へあるいた径を
夏から秋へあるいた径を
君はもう忘れてしまったか
色だけ変えるけやきの並木は
追憶を塗りかえはしないのに

秋のかげろうのように
足早に通り過ぎた人は
とても悲しそうにみえたけれど
あれは君ではなかったか
スカートの裾に枯葉が一枚

愛から別れへあるいた径を
別れから明日へあるいた径を
君はもう忘れてしまったか
けやき並木の数を数えて
私たちの追憶の径だといった君は
いまはどこをあるいているのか

葉の調べ

古き洋館の蔦の葉よ
ただ懐かしき生命力
窓辺よ
思い出の住むロマネスクの光
空よ
哀しみに似た薄曇りの絵

風よ
心を運ぶ四輪馬車
恋人たちよ
埋もるに足る深々とした静けさよ
ああ、妙なる草の調べよ
かさこそと柔らかく
人々の秋に積もれ

花折りびと

咲きたての花を折る少年を
ぼくはなぜ叱ってしまったか
たとえひそかに手折られても
それが花と少年の愛ならば
花に哀しみはなかったろうに

咲きたての花のようなひとに
手も触れず唇もかわさず
それが心の愛だなどとは
なんと勝手な言い草だろう
悲しみながら去った青春が
今になって分かるというのに

少年よ、花を美しいと思ったら
口笛を吹きながら手折れ
その瞬間もこれから先も
花はずっと咲きつづけるだろう
多分、それが愛というものだから